世界で起こっているさまざまな出来事や、「よく耳にするけどこれってどういう意味?」というわたしたちの素朴な疑問を、池上彰さんがわかりやすく解説してくれる番組「池上彰のニュースそうだったのか!!」。
10月24日(土)放送の「あのお金は何のお金?SP」では、お笑い芸人のパンサーの向井慧さんが出演されていました!
パンサーの向井さんは、こういった教育・情報番組における「お笑い界から参戦するインテリ枠」としてだんだんおなじみになりつつありますよね(笑)。
「なんとなく高学歴らしい」という噂くらいは広まりつつあるのかな~?と思いますので、今回は向井さんの学歴を含めた経歴と、そこから導き出される「成功の秘訣」を紐解いていきたいと思います!
まずは、「パンサー」としての向井慧さんのプロフィール
向井さんが所属する吉本興業からお借りしました!
引用:吉本興業公式サイト
パンサー (2008年 06月結成)
菅 良太郎(かんりょうたろう) 左
生年月日:1982年04月07日
身長/体重:173cm /62kg
血液型:A型
出身地:東京都 練馬区
趣味:音楽を聴く/飲酒/動体視力がいい
特技:パラパラが踊れる向井 慧(むかいさとし) 真ん中
生年月日:1985年12月16日
身長/体重:169cm /59kg
出身地:愛知県 名古屋市
趣味:ラジオを聴く/散歩/カラオケ
特技:名古屋市の優良児童に選ばれたことがある尾形 貴弘(おがたたかひろ) 右
生年月日:1977年04月27日
身長/体重:181cm /74kg
血液型:B型
出身地:宮城県 東松島市
趣味:サッカー/犬と遊ぶ
特技:サッカー(仙台育英高校全国ベスト16・背番号10番レギュラー、中央大学サッカー部)
「パンサー」は、菅さんと尾形さんという年上の2人組に最年少の向井さんが加入する形で結成されました。
大学在籍中のNSC時代に2度のコンビ解消を経験した向井さんでしたが、パンサーとなってからの活躍は皆さんも知るとおりです。
2013年頃からテレビの露出が増え始め、「笑っていいとも!」や「王様のブランチ」などの人気番組への出演をきっかけに認知度が一気に加速しましたね!
キリリとした武将のような独特の存在感を持つ菅さんに、常に勢いだけはあるスポーツバカ(褒めてます)の尾形さん、そこに一滴落とされた清涼剤のようなナチュラルな雰囲気の向井さんという3人のバランスがイイですよね~(笑)。
ほんわかしたトリオとしての印象が強いパンサーですが、お笑いのショーレースでは2011年に出場したキングオブコントで初めて準決勝に進出しており、その後2014年まで4年連続で準決勝に進出と、着実に実績も残しています。
コントでは、どんなときでも冷静沈着な菅さんがクールにどでかい大ボケをかまし、それがどんなに無茶な内容でもそれを全肯定する尾形さんが小ボケで追随し、2人に振り回される向井さんが全力で突っ込むというスタイルが定番です。
ちなみにパンサーのコントの台本はすべて菅さんが書いているそうです。
そんなパンサーでは、意外にも最年少の向井さんがまとめ役として奔走しているそうです。いや、意外でもないかな!(笑)
向井慧という男 ~少年編~
何やら大仰な見出しで始めてしまいましたが(笑)。
実は向井慧さんという御方は、勉強・教育方面の話題に事欠かないスゴイ人なんです!
まずお父様が農学者で名古屋市立大学で教鞭を執っている大学教授。向井さんのお名前の「慧」は生まれ年に世間を賑わせていたハレー彗星からとったそうです。そんなエピソードひとつとっても教育者らしさがにじみ出ていますよね。
向井さんご自身も小学生時代から勉強がよくできて、なおかつ明るくて目立つことも好きだったため、生徒会長を務めたこともあるとか!
勉強もスポーツもよくできたため、地元名古屋市で「優良児童」として表彰されたこともあるそうです。スゴイ☆
お笑いへの憧れのきっかけは、小学校高学年の頃にテレビで見た「めちゃイケ」とのこと。ナインティナインのお二人を、「おもしろい」だけでなく「カッコいい」と感じてああなりたいと憧れるようになったと、のちのインタビューで語っています。
中学生になってもお笑い好きは変わらず、というよりお笑い愛はさらに燃えて、このころからナイナイのオールナイトニッポンをはじめとするお笑い系のラジオをよく聴くようになったといいます。(そのラジオ愛は現在に至るまで変わらず!)
ちなみに中学時代の向井さんは、現在のお姿に輪をかけて可愛らしく愛嬌たっぷり!
勉強もよくできてスポーツも万能、それでいてお笑い好きで面白いんだから女子からモテたのは想像に難くありませんよね~(笑)。
向井さんはもちろん女の子たちからモテましたが、なんと中学1年から3年間、ひとりのコと付き合ったそうです。もう好感度上がる要素しかない……!
向井慧という男 ~高校・大学編~
中学校までは地元の学区内でそのまま進学したようですが、高校で進学したのが愛知県の瑞陵高校という名門校。
偏差値69という指標もあるほどの難関校で、古くから進学校として知られています。
そんな名門校に通っていた向井さんですが、中学時代から一貫して、夢はお笑い芸人。
世の中に「お笑い芸人になりたい」と夢を語る人はたくさんいると思いますが、向井さんは一味違いました。
向井さんにとってお笑い芸人になることは夢でなく現実だったので、「どうしたらなれるか」「その最短距離は」と必死に模索したそうです。
部活にも入らず、お笑いの道を目指すことに熱意を捧げて、録画したバラエティー番組を見て研究し、友人とコンビを組んでネタ作りをしていたそうです。
このあたり、麒麟の川島明さんにも通じるところがあり、非常に興味深いです!
川島さんもラジオ番組やゲーム雑誌のハガキ職人だった過去を持ち、学生時代は毎日大喜利のお題を自分に課していたという経歴があります。
お笑いの道を邁進することにブレがなかったという点においては共通していますよね!(麒麟の川島さんについてもいつか書きたいですな~!)
ひたすらお笑いの道を目指して活動していた向井さんは、お笑い番組の観覧募集に応募したり、友人とのコンビで高校生を対象とした「M-1甲子園」に出場したり、高校3年生のときには「スピードワゴン」のお二人に指導をしてもらえる機会も得たそうです。
頭の中はお笑いでいっぱいで、当然のごとく高校卒業後はNSC(吉本興業の養成所)に入るつもりでいましたが、ここで青天の霹靂が。
高校3年生の秋に両親にそのことを伝えたら、猛反対され、「大学だけは絶対に出なさい!」と鉄槌が下ったそうです。
ただし、「大学に行ったら4年間は好きなことをしていい」と条件も出されたそうで。
ここで男・向井慧、なんと高3の秋から猛勉強のスイッチが入ります。
それまでお笑い一色で過ごしてきた毎日が、「大学へ入ったら好きなだけお笑いをやる」という目標のもと、勉強漬けの毎日に変わりました。1日10時間、休日は12~13時間も勉強に費やしたそうです。
このころの猛勉強の日々を、ベネッセの特別サイトで語っています。
向井さんのすごいところは、その分析力と集中力。
録画したテレビのネタを一字一句ノートに書き起こしたり、音読したり友人とネタをやってみてテンポを体に刷り込んだりとお笑いの研究にも余念がありませんでしたが、こと受験勉強に対しても、自分の苦手な部分をあぶり出して徹底的に極めていくスタイルが光っていました。
「どうしたら最短でお笑い芸人になれるか」ということを探っていた日々から、「どうしたら最短で勉強成果が出せるか」という方向へシフトしたのは、ひとえにお笑いへの情熱と、もともと持ち合わせていた研究熱心さゆえだと思います。
そして猛勉強の末、明治大学経済学部に合格。すごすぎませんか……?
晴れて東京へ進学することができた向井さんは、同時に通い始めたNSCで挫折を繰り返しながらも、菅さんと尾形さんという良き伴侶(笑)を得てパンサーを結成し、今に至るというわけです。
ここがすごいよ向井さん!(まとめ)
今回ワタクシ、パンサーの向井さんという、ほんわかふんにゃり笑顔が素敵なナチュラルツッコミ兄さんを調べるつもりでおりましたが、いざ調べてみたらなんとまぁ努力の人というか努力しかない人……!(白目)
すべては「お笑いのために」という一点のみに帰結するのですが、小・中・高とお笑い漬けで芸人になる道を目指して脇目も振らずに邁進してきた日々から一転、「やりたいことやるなら大学行かないとダメ!」という親の一言で、その目標が具体的に「受験合格=大学進学=NSCに通える!」に切り替わったわけです。向井さんはその切り替え力(りょく)がすごかった。
それまでお笑いへ向けていた情熱が、受験合格というハードルを超えるためのガソリンになった形ですよね。より高く熱く燃えるために、半年間猛勉強をして頑張った。それもやみくもにではなく、きちんと苦手部分を克服するために分析して、ここでも最短距離を目指して。いや~すごい。本物の努力者です。(感服)
その努力がいま、池上彰さんの情報番組に出演して、パネリストとして回答する立場として実を結んだわけですが、あらゆる意味での「分析力」が今の向井さんを形作っていると思います。
お笑いも受験勉強も、傾向と対策を練って、得意な部分と苦手な部分をあぶり出して徹底攻略!
向井さんのあのほんわかした笑顔の奥には、「お笑いで成功するぞ!」といつか夢見た自分の姿を体現できた自信を感じます。
ほんわかしてるのに、このギャップがいいよね!
向井さんのこと、また一層好きになりました。今後の活躍にも期待しています!
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